日本チャンキー50周年 日本のブロイラー産業の発展支える

今年6月20日で設立50周年を迎えた㈱日本チャンキー(吉田忠司社長―本社・岡山市北区桑田町1-30、岡山農業共済会館5階)は11月7日、岡山市のANAクラウンプラザホテル岡山で記念式典・祝賀会を開き、内外の取引先などから約150人が出席して祝福した。
式典で吉田社長は、同社の50年間を支えた市町村や行政、地域住民、取引先、株主、全国のブロイラー関係者、育種元の英国エビアジェン社、社員並びに諸先輩に謝意を表するとともに、今後もブロイラー業界に貢献するとの同社の責務を果たしていくなどとあいさつ(要旨別掲)した。
来賓を代表して、丸紅飯田㈱(現丸紅㈱)と㈱福田種鶏場の合弁会社として日本チャンキーが発足した当時のいきさつを知る福田種鶏場の山上恭宏会長と、現在の日本チャンキー協会会長で、日本ホワイトファーム㈱社長の吉原洋明氏が祝辞を述べた。
山上会長は、日本チャンキーの設立時を振り返り、最初に英国から来日した2人の関係者の中に、王位継承権を持つ一族がいたことや、丸紅飯田から資金、福田種鶏場からは技術を持った職員を派遣して会社が発足し、福田種鶏場創業者の山上茂吉氏が設立から8年間にわたって初代社長を務めたこと、当時、英国のチャンキー・チックス社はロスグループに属し、日本では「ロス」は「損失」につながるイメージを抱かれるおそれもあるため、種鶏ブランドをチャンキーと命名したいきさつなどを紹介。「当時は他鶏種が全盛で、チャンキーは後発であったため拡販に苦労したようだ。種鶏販売に携わった丸紅畜産(現㈱ウェルファムフーズ)の担当者や、日本チャンキーの歴代の社長をはじめスタッフの方々が頑張られた結果、いまや日本市場では90%になんなんとするシェアに拡大されている」などと称えるとともに、海外からの式典参加者に英語でお礼を述べた。
吉原社長は、「各畜種の中で、ブロイラーほど改良が進んだものはないのではないか」として、50年前の1967年に設立した日本ホワイトファームの前身である日本ブロイラー(宮崎県)の出荷羽数と重量を調べた結果から、「出荷日齢は分からなかったが、当時の出荷体重は1.4キログラム(現在の27日齢くらい)で、80年代には2.5キログラムになった」などとするとともに、「今年のチャンキー協会の優秀表彰では、約47日で3キログラムを超え、単一群では日増体で70グラム、飼料要求率で1.4台も出ている」と紹介。
日本のブロイラーひな、エサ、環境とも良くなっている要因についても、「育種改良の進展とともに、日本チャンキーから必要な栄養レベルや、鶏病対策、飼育管理技術について情報発信があり、また、スタッフが農場を訪問して親身に指導したり、種鶏とブロイラーのスクールを開催して若いリーダーを育てていただいていることなどによって、日本のブロイラー産業がここまで成長することができたと心から感謝したい。これからも、日本のブロイラー産業発展のため、種鶏の安定供給をしていただきたい」とした。
岡山の地酒の酒樽3樽が用意され、内外の関係者でにぎやかに鏡開き。(一社)日本種鶏孵卵協会会長で㈱山本養鶏孵化場社長の山本満祥氏の、「日本チャンキーさんは、がまん、がまんで努力され、年でこの地位を築かれたが、100年と言わず、300年続く企業であってほしい」との言葉とともに乾杯し、なごやかに歓談した。
この間、丸紅で日本チャンキー設立時の実務を担当し、後に日本チャンキーの社長も務めた山下憲吾氏、エビアジェン社の技術担当としてたびたび来日して指導したデイビット・バトラー氏、チャンキー一筋に種鶏・孵化事業を行なってきた福田種鶏場の山上祐一郎社長、エビアジェン社のボブ・ドビー氏、親会社の丸紅㈱常務執行役員の山﨑康司食品本部長がお祝いのスピーチを述べ、日本チャンキーの山本主常務取締役生産事業部門長のお礼のあいさつでお開きとなった。

吉田忠司社長あいさつ要旨

日本が高度成長の道を歩み始めた1967(昭和42)年6月20日に、株式会社日本チャンキーが誕生し、現在の企業養鶏に向けての第一歩を踏み出した。翌1968(同48)年4月に、英国のチャンキー・チックス社(現エビアジェン社)からチャンキーの原種鶏2960羽が初めて導入された。今月に輸入する原種鶏で327回目の導入となる。
72(同47)年に当時のチャンキーグループの協力で日本チャンキー協会を設立。会員数は14社。現在は70社を超えている。同年5月に1回目の技術ゼミナールを開催。今年9月のゼミナールで105回目を迎えている。
改めてこの50年を振り返ると、1960年代半ばから数多くの肉用(ブロイラー)種が欧米から導入され、種鶏販売のシェアを争い、優勝劣敗が進み、現在の日本市場では、チャンキー種と他社の2鶏種が大半のシェアを占めている。
このような厳しい市場環境と、業者間競争の50年を日本チャンキーが勝ち残ることができたのは、ひとえに本日ご臨席の皆様のご尽力、ご協力があってこそであり、どのような感謝の言葉を申し上げても言い尽くせないものがあると実感している。
現在までの日本のブロイラー産業発展の推進力としては、育種改良を抜きには語れない。ブロイラー産業の成長を牽引してきたのは、エビアジェン社の育種改良技術であり、今もチャンキー種は日々進化を遂げている。
日本チャンキーの使命と責任は、日々進化を続けるチャンキー種の育種改良に対応し、常に高い技術水準を維持し、最新の飼養管理技術などをお客様に的確にかつ速やかに伝えること。さらに進化を続けるチャンキー種鶏の安定供給に取り組むことであると信じ、これからも、全社一丸となってなお一層の努力を続けていく。
ここ数年のわが国のブロイラー業界は、鶏肉相場が高値で推移し、実際の鶏肉消費量も、他の畜肉より増加し、小売りだけでなく、中食、外食ともに、栄養価に優れ、安価な鶏肉を積極的に商品化するなど、追い風が吹いている状況といえる。栄養面でのバランスや、価格的な優位性のある鶏肉は、今後とも重要な動物性たんぱく源としての実績をさらに深めることは間違いない。
ただ、海外からの輸入鶏肉の増加などの影響で相場の暴騰・暴落を繰り返してきた過去の業界の歴史の反省を踏まえ、現在の食品加工品の原産地表示への動き、消費者の国産志向の高まりを生かし、今、国産鶏肉産業全体が一致団結し、輸入品の動向に左右されることのない国産鶏肉の不動の地位確立に向けて、さらなる取り組みの強化が必要ではないかと考える。
日本チャンキーは、まだまだ発展途上の企業と思っている。日本のブロイラー産業の成長の責任を担う企業として、さらに、業界のリーダーとしての任務を全うすることはもちろんのこと、グローバルな視点からも、さらに飛躍、成長できる企業を目指す。今後さらに成長、飛躍するためには、どうしても皆様のお力が必要で、引き続き皆様からの変わらぬご指導ご鞭撻を賜るよう、何とぞよろしくお願い申し上げる。

【内外から約150人が出席して日本チャンキー設立50周年を祝った】

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